つながりをちからに

狭山事件の再審を!関西キャラバン

報告集

2020年1月25日 北摂沿線キャラバン

朝10時、宝塚、神戸、釜ヶ崎、高槻、大東から8名のキャラバン隊が宝塚駅前に集結。狭山事件の再審を求める市民の会・宝塚の仲間と合流し、宝塚恒例の金属パイプによる「差別裁判うち砕こう」の演奏で行動開始。お孫さんを連れた仲間もあり、和気あいあい。

1時間のチラシ配布と署名活動の後、川西能勢口駅前に移動。ここではなんと、北上兵庫県議員、川西市の津田市議と谷市議、猪名川町の井戸町議、部落解放川西市民共闘会議の皆さんら総勢20名以上の仲間と合流。議員の皆さんをはじめとしたマイクアピールにより、ひっきりなしに寄せられた署名は1時間でなんと43筆。

その後、伊丹駅前に移動。ここでもおおつる求伊丹市議や部落解放同盟伊丹支部ら多くの仲間が集まり、代わる代わるにマイクを持ち、チラシを撒き、署名を集めました。

伊丹からバスに乗り、豊中駅前へ。ここでは狭山事件の再審を求める豊中市民共闘会議の多数の仲間と合流。チラシ・署名活動の締めくくりに、みんなで「差別裁判うち砕こう」を演奏。

その後、阪急線で茨木市の「サポートユニオンWith You」で開催された「sayamaみえない手錠をはずすまで」上映会へ。機材トラブルの中、必死に汗をかいていただいた主催者の方、辛抱強く待っていただいた参加者の皆さんらのおかげで無事上映することができました。参加者は13名。終ったあとの感想会で「仮釈放で狭山は終わったと思っていた。そうではなかったんだ」との感想をお聞きし、キャラバンをやってよかった、上映会ができてよかったとしみじみ思いました。主催者の皆さんに心から感謝です。

北摂キャラバンでは、3枚組1100セットのチラシを撒き切り、映画会会場に残してきた署名を除き、81筆の署名、その他、狭山再審実現への大きな願いと希望をいただきまきた。今日各地でキャラバンに参加された総勢70名の皆様、本当にお疲れ様でした。これからも共に頑張りましょう。


※下写真は川西の仲間の皆さんと。

宝塚の仲間の皆さんと。

伊丹の仲間の皆さんと。

豊中の仲間の皆さんと。

茨木市・サポートユニオン・with you「SAYAMAみえない手錠をはずすまで」上映会でアピール。

2019年12月28日~2020年1月5日

釜ヶ崎越冬闘争・狭山ブース

2014年1月、釜ヶ崎越冬ステージで、石川一雄さん、早智子さん夫妻が無実を訴えました。その前後から、三角公園の越冬闘争および夏祭の本部席横に「狭山ブース」が設けられ、狭山再審・袴田再審を訴える署名活動が続けられてきました。

関西キャラバンは2019年12月28日の越冬突入集会で「差別裁判打ち砕こう」を歌ってアピール。2020年1月5日まで、三角公園の越冬ステージ脇に設けられた狭山ブースで署名活動を行いました。寄せられた署名は、狭山 97、袴田126、郵政非正規の労働条件改善・正規雇用を求める署名 101でした。さらに、2月24日の「第4回・狭山事件の再審を実現しよう市民のつどいin関西」への賛同金 13口、市民のつどい報告集3冊セット20組などのご購入をいただきました。

越冬を闘いぬかれた釜ヶ崎の労働者の皆様、支援の皆様、狭山ブースの仲間たちに心からの敬意と感謝を捧げます。これからも重層的な差別構造に立ち向かう釜ヶ崎の労働者と連帯し、共に生き、闘っていきたいと思います。

皆様、本当にありがとうございました。

12月14日

「SAYAMAみえない手錠をはずすまで」長田上映会


12月14日㈯、神戸市長田区番町地区の長田公民館で、映画「SAYAMAみえない手錠をはずすまで」上映会が開かれました。参加は26名。ささやかな、しかし、とても意義深い上映会になりました。


というのも、ここ10年余の間、この地域で、こと狭山に関して、オープンな集会が持たれたことはありませんでした。10月に関西キャラバンがビラまきに入り、長田公民館をはじめ、地元の様々な人の尽力により、この上映会は実現しました。

公民館の真っ暗な一室で、スクリーンを食い入るように見つめ、時に涙をぬぐうおばちゃんたち。それをみて、胸を熱くする先輩たち。

地域の住民と共に、もう一度、差別と闘いたい、石川一雄さんの無実を晴らすために一緒に闘いたい。先輩たちの長年の思いが、チラシを見て集まってくれたおばちゃんたちと、スクリーンを通して通じ合った瞬間でした。

上映後に挨拶した地元住民で元郵政南兵庫解放研議長の中村さんは、19歳の頃から50年近く狭山に関わってきたこと、主に職場の中で差別をただす闘いを自分の使命と思い定めて闘ってきたこと、仲間が次々に定年退職する中でもう一度、自分たちの原点である狭山に取り組もうと「狭山を闘う郵便労働者の会」を立上げ、市民のつどいin関西のよびかけにも加わってきたこと、「狭山に勝たなければ部落の解放はない」と思っていることなどを切々と訴えました。

上映終了後は、地元の方の心づくしのおでんを囲んで懇談会。それぞれの生活場面で差別と向き合い、もがいている頑張りや苦労を分かち合いました。

あなたも自分の地域で、職場で、学園で、「みえない手錠」の上映会をしてみませんか?
お問い合わせは下記メールアドレスまで。

sayama.kansai@gmail.com

12月4日(水)狭山事件の再審を求める豊中市民共闘会議 総会

18時30分~ 豊中人権まちづくりセンター


12月4日、キャラバン隊は、狭山事件の再審を求める豊中市民共闘会議にお招きをいただき、「第1部」として30分間のアピールを行いました。

アピールでは、キャラバン隊メンバーから、自分たちが何故狭山再審に取り組むのかを訴えさせていただいた他、宝塚のメンバーが、警察による万年筆の証拠ねつ造を暴いた下山鑑定に使われた「ペーパークロマトグラフィー」法を実演し、注目を浴びました。

アピールの機会を与えてくださった豊中市民共闘の皆様、本当にありがとうございました。

11月30日(土)

高槻定期アクションからパレードの下見へ

11月30日、キャラバン隊は、JR高槻駅前定期アクションに合流。「差別裁判打ち砕こう」の歌声に足をとめてくださった5名の方から署名をいただきました

その後、宝塚隊、釜ヶ崎隊と合流し、パレードの下見へ。宝塚の仲間は、宝塚街宣終了後、電車の中でキャラバンの幟をかついできたとのことで、そのまま商店街を抜け、第4回市民のつどいin関西会場のエル・おおさかへ。

大坂・梅田周辺は、繁華街が地下にもぐってしまっているので、デモコースとしては、すこぶる不評です。狭山再審パレードが、その困難をつき破り、多くの市民と合流できるか? …請うご期待!

11月29日(金)映画「SAYAMAみえない手錠をはずすまで」

高槻市富田町 カフェ・コモンズ上映会

今年、たった一人で、狭山事件の再審を訴えるJR高槻駅前定期アクションをはじめたⅯさん(26歳・女性)。11月29日、そのⅯさんが企画した「SAYAMAみえない手錠をはずすまで」の上映会が実現しました。

場所は、阪急富田駅からすぐの雑居ビル5階にある「カフェ・コモンズ」。毎週金曜日に様々な社会問題をとりあげ、「コモンズ大学」が開催されています。そこで、えん罪・狭山事件をとりあげていただきました。

オープニングには、なんと、カオリンズさんがライブ!映画「獄友」のテーマソング「真実・現実・事実あることないこと」などを演奏していただき、豪華な映画会となりました。

鑑賞に来て下さったのは13名の皆さん。スタッフを含めると、狭いスペースを満杯にする20名以上の参加で、映画会は大成功しました。

街から街へ、人から人へ。映画も狭山もキャラバンも、まだまだ広がります。

11月23日

豊橋「獄友」上映会、そして滋賀へ

朝8時、釜ヶ崎を車で出発したキャラバン隊。慣れない阪奈道経由を選択したのがいけなかった。迷い迷っての珍道中になりました。

映画「獄友」上映会場の豊橋市民文化会館に到着したのは、予定より1時間遅れの12時30分。それでも笑って迎えてくださった狭山事件の再審を求める東三河住民の会の仲間の暖かさが身に沁みます。

13時から始まった「午後の部」は150席が満席!静岡・袴田巌さんを支援する会の山崎さんや、地元豊橋近在の冤罪被害当事者の皆さんが挨拶。当事者の方の全身から伝わってくる冤罪の苦しみ、悲しみ。やっはり、こんなこと、許されへんよね、ほっとけないよねって、ほんと思いました。

なんと、関西キャラバンからの挨拶もしっかりプログラムに入っていて、午前の部に間に合わなかったことを申し訳なく思いつつ、東三河住民の会への尊敬と友情をこめて挨拶をさせていただきました。改めて感謝です。

さて、名残惜しくも滞在1時間で豊橋を後にし、一路、名神高速を西へ。スマホのナビでは2時間と出てる。行ける!とばかりに、「滋賀・狭山を伝える行動」の仲間が待つ近江八幡駅へ。

しかし、これも到着したのは16時25分。終了予定時間の5分前。「関西の仲間と会いたい」と辛抱強く待っていてくださった滋賀の皆さんに申し訳ないやら、情けないやら、有り難いやら。この日の滋賀の参加者は6名。皆さんの明るい笑顔がとても心強く、たくさんの元気をいただきました。

滋賀の仲間との出逢いを名残惜しみつつ、もうすっかり暗くなった旧中山道から名神高速へ。心配した渋滞もさほどではなく、21時頃、無事に釜ヶ崎に帰り着きました。

走行時間12時間弱、キャラバン隊滞在時間計1時間強。狭山再審実現の道に王道なし。これからもがんばるぞー💦

豊橋「獄友」上映会受付で、上映実行委員会の牧野さんと。

第二回上映の前、キャラバン隊からもアピールをさせていただきました。

辛抱強く待っていてくださった滋賀の仲間たちと。
たくさんの元気をいただきました。


11月19日

阪急茨木市駅前広場 街頭行動


すっかり日も暮れた茨木市駅前。地域ユニオンの街宣に狭山関西キャラバンが登場。労働組合として狭山を取り上げてくれた仲間に感謝しながら、共に石川さんの無実・再審を訴えました。元教師だった人が、「私も狭山闘ってて、学校で狭山事件のことを生徒に話してたよ」と話しかけてくれました。

11月10日 

「みえない手錠をはずすまで」 

 奈良県宇陀市 榛原上映会

 

この企画は、関西の東の果てのひとりの青年からはじまりました。
青年・K君の心の中には、いつも、子どもの頃に刻みつけられた狭山差別裁判と石川さんの無実の叫びがありました。第3次再審闘争が大詰めだと知った青年は、関西キャラバンにいち早く参加。地元で映画「sayama」上映会をやろうと奔走します。
しかし、地元ではなかなか協力者が見つかりません。そんなとき、「自分たちは狭山をよく知らない。だから知りたい」と声をあげてくれたのが、宇陀の人たちでした。
宇陀の人たちは手作りでチラシをつくり、見出しに「sayamaが教えてくれる大切なこと」と書きました。そのチラシを宇陀の住民と関西キャラバンが手分けして一戸一戸撒きました。青年は1人で400枚ものチラシを汗びっしょりになって撒きました。
11月4日のなら憲法まつりで、一人の男性が関西キャラバンののぼりを見て声をかけてくれました。「今度、榛原で狭山の映画をやるんだよ。俺もたくさんビラを撒いたんだ。昔は俺も夜行バスに乗って日比谷の集会に何度も行ったもんだ。石川さんは絶対無実だ。榛原の人はえらいよ!」。男性の顔は笑顔で輝いていました。
上映会前日のよる。上映実行委員会のSさんから電話が。
「知り合いみんなに電話かけしてて、これが最後の電話。明日集まり悪かったらごめんね」。…なんと、この時間まで電話かけをしてくださっていたというのです。
明けて当日。正午になると、上映実行委員会の皆さんがか続々と。さらには奈良の仲間、釜ヶ崎の仲間も!!そして、チラシを見て来てくださった榛原市民、隣の御杖村からも来場者が。どうしてどうして。目標の30名をゆうに超える映画会に。
みんなでチラシを折り込み、養生シートを貼り、受付をして。差し入れしていただいたみたらし団子を食べながら。こんな手作りの映画会がしたかった!
関西キャラバンを代表して、K君が挨拶。自分の生い立ちから上映実行委員会の立ち上げの経緯、さらには来年2月24日の市民のつどいの紹介まで、思いを込めて話してくれました。
ホールが大きくて、若干、音が足りなかったけど、ブルーレイの映像はとても綺麗で、大きさも申し分なく、時々、会場からの笑いも漏れて、まずまず、映画を届けられたと思います。ホッ。
「狭山を知らない。だから知りたい」と言ってくださったたくさんの皆さんに映画を見てもらえたこと、「考えさせられた」「石川さん、いい顔してた」って言ってもらえたこと、嬉しかった。
上映実行委員会の皆さん、奈良の仲間の皆さん、本当にありがとうございました。
そして、キャラバンを支え続けてくれる釜ヶ崎の仲間の優しさ、力強さに改めて感謝です。

このつながりをちからに!
さらに石川無実・狭山再審を伝えていきましょう。 

近鉄「榛原」駅から車で10分。
上映会会場の「大和富士ホール」。
住宅街の真ん中にあります。

関西キャラバンを代表して、K君が堂々のあいさつ。自分の生い立ち、上映会開催までの経緯、そして来年2月の「第4回・狭山事件の再審を実現しよう市民のつどいin関西」の紹介まで、思いをこめて話してくれました。

11月5日 大阪・九条 シネヌーヴォ前に登場

大坂・九条 シネヌーヴォで「狭山の黒い雨」が上映されると知り、釜ヶ崎隊が行ってきました!

怒られるかなと思いながらビラ撒きしていると、中から出てきた女性が「まとめて下されば中にも置きますよ」と快く声をかけて下さいました。
2.24関西のつどいと「Tシャツコンテスト」のビラを置いて頂きました。

お客さんは少なそうでしたが、「10.31は何人くらい集まった?」とか「釜からは何人行ったの?」などと声をかけられ、今もらったからと「この映画観たい人にあげて」と招待券を貰ったり、「昨日、宝塚のまいたに人権文化センターで見て、まだ終わってないと知りここへ来たの」という宝塚の女性に出会ったりしました。

シネヌーヴォさんの「黒い雨」上映と、キャラバン隊へのご厚意に感謝!


映画館の前でチラシを撒く関西キャラバン・釜ヶ崎隊!

1973年に制作された「狭山の黒い雨」。
上映は11月14日まで!

シネヌーヴォ様のご厚意で、映画館にもチラシを置かせてもらいました。感謝!

11月4日 ― なら憲法まつり ―

11月4日、関西キャラバンは、JR奈良駅前で開かれた「なら憲法まつり」にエントリー。署名29筆をいただきました。
「石川さん、元気なん?子どもの頃、ゼッケン登校してたんよ。差別裁判、ひどいなあ!」という女性。
「今度、宇陀市榛原で映画SAYAMAをやるんよ。俺もだいぶチラシ撒いたがな。石川さんは絶対無実や。昔はバスに乗って何度も東京行ったんよ。榛原の人たちは偉い!」という方。
「このチラシ、アップしていいですか。飯塚事件も、DNA再鑑定しようかという矢先に死刑執行されてしまった。口封じのためだと思います。冤罪ってほんとに許せません」という女性。
その他、狭山再審を願う多くの人々と出会うことができました。
さすがは祭!行きかう人たちの熱量も違います。

この日も、カオリンズさんの素晴らしいギターと唄が奈良駅前に響き渡りました。あっという間に人だかりが!音楽の力、おそるべし!

奈良って、いいなあ!

狭山紙芝居

なら憲法まつりで、紙芝居を上演しました。
なかなか好評でホッとしました。
たくさんの人に石川さんの悔しさを聞いてもらえて嬉しかったです。

11月2日 ― 神戸・長田キャラバン ―

11月2日は、神戸市長田区の高速長田駅周辺をフィールドワークしながら、映画会のチラシを配布しました。

高速長田駅からのぼりを持って歩き始めた時です。
「わしも、これ、知っとんねん。頑張ってな」と自転車に乗ったおっちゃんが、とても嬉しそうに声をかけてくれました。のぼりを持っててよかった!

途中、かつて高速長田駅前で、5年余り、石川一雄さんの無実を訴えて立ち続けてきた87歳の仲間の自宅を訪問。昨日退院したばかりで、ベッドに横になっていましたが、とても喜んでくれました。

2時間で1500枚のチラシを撒きました!

10月31日

狭山事件の再審を求める市民の会 全国集会

「障害者は何もできないって差別してくる人がいるでしょ。私はそんなんが嫌いなんよ。障害者には障害者なりのやり方があるって、私は言い返すのよ。だから私はここに来るの。高速バス、1ヶ月前から予約すんのよ。好きな席取れるからさあ」(10月31日 寺尾判決45カ年糾弾・狭山事件の再審を求める市民の会全国集会会場にて)。

私たちは長い間分断されてきました。
「ヤミカラキャンペーン」で分断され、「同和利権」キャンペーンで分断され、「北のミサイルの脅威キャンペーン」で、「中国脅威論」で、「精神障害者は何するかわからん」キャンペーンで、その他もろもろの扇動で分断されてきました。

しかし、それらの扇動で追い立てられた一人ひとりの中から、確かな反撃がはじまっています。10月31日の日比谷の集会で、キャラバンのブースに立ち寄った一人の障がい者が、なぜ自分が石川一雄さんの再審を求めるのかを語ったその声の先に私たちの未来があります。この世の中で「無力」とされ、国家の失政を取り繕うための生贄とされてきた者たちが、その烙印を投げ返す時代を彼女は指し示しています。

このつながりをちからに!

希望に!

日比谷に着くと、昨晩別れた釜ヶ崎住民の会の皆さんが、自前のバスですでに到着していました。バスの横腹には特大のバナーが。これは目立つ!

仲間と嬉しい再会!

この日のライブは、うじきつよしさん!子供バンドで一斉を風靡し、石川一雄さんらえん罪に抗う仲間を描いた金聖雄監督の映画「獄友」のエンディングテーマ「真実・事実・現実あることないこと」のレコーディングメンバーでもあるうじきさんが、リハーサルのあと、キャラバンのブースに立ち寄ってくれました。

うじきさんに「権力に盾つくような歌を歌って、業界から干されませんか?」と、つい、聞いてしまいました。うじきさんは「そんなの関係ないっすよ」と笑っていました。この日のライブも超かっこよかった!

撮影を終えた金聖雄監督と。
「SAYAMAみえない手錠をはずすまで制作委員会は、関西キャラバンを全面支援します」と嬉しい一言をいただきました!

二審確定判決から45年。
80歳になった石川一雄さんは、妻・早智子さんと登壇し、「今度こそ!」と力強く裁判やり直しを訴えました。

45年経った今も、石川さんの無罪を求めて闘い続ける多くの人々がいます。
この力を、思いを、なんとしても再審開始に結び付けなければ。

集会後は、東京駅までデモ行進。
「キャラバンをやりぬくぞ~」!

10月30日 

大坂地裁周辺行動から釜ヶ崎集会へ

寺尾判決(確定判決)から45周年を明日に控えたこの日、関西キャラバンは大阪地裁周辺での広報活動を行った後、「狭山事件の再審を求める釜ヶ崎住民の会」主催の集会に合流し、たくさんの元気をもらいました。

地裁周辺と言えば、弁護士事務所がたくさんあります。話題の「うるわ総合法律事務所」もそのひとつ。仲岡しゅん弁護士に事務所のすみずみまで案内していただき、激励を受けました。

「うるわ総合法律事務所」の相談室には「石川さんは無実です」のバナーも。
ぶれない志に感銘を受けました。

弁護士事務所をひととおり訪問した後、ほど近い「翔の会」に、池田俊巳カメラマンを訪ねました。池田さんは名作「SAYAMAみえない手錠をはずすまで」を撮影された名カメラマン。この日も石川さん撮影のために出かけられるところでした。壁には狭山再審を訴える意見広告が貼られていました。

谷町9丁目に移動し、大阪文学学校へ。
恐る恐る「文学学校」と書かれた部屋に入ってみると、さすがはと思わせる雰囲気のある女性が、「他のはいいから、目立つようにおいて」と、快くチラシを置かせてくれました。コンテストの応募があるといいな。

釜ヶ崎に着くときれいな夕陽が。
18時30分から、「ふるさとの家」で、「10.31寺尾判決45カ年糾弾・狭山事件の再審を求める市民の会全国集会」出発式を兼ねた集会が開かれ、関西キャラバンからも挨拶をさせていただきました。

ふるさとの家での集会は、元矢田解放塾の黒田伊彦さんをはじめ、豪華講師陣による密度の高い学習会でした。小柳牧師のコーディネートで参加者が行った即席陪審劇は秀逸。1か月も経ってから発見されたはずのねじ式時計が正確に動いていたという矛盾から、石川さんの無実と警察による証拠ねつ造ををわかりやすく暴露してくれました。

10月27日 ― 宝塚から京都へ ―

この日は、10時から「狭山事件を考える市民の会・宝塚」の駅前街宣に参加した後、京都・円山野外音楽堂で開かれた「反戦反貧困反差別共同行動in京都」の狭山ブースへ。

市民の会・宝塚は、創意工夫を凝らした様々なとりくみを行っていて素敵です。
この日の街宣は参加者も多く、30分でチラシがすべてなくなってしまいました。

京都の集会の狭山ブースでは、市民のつどい報告集を販売。たくさんのお買い上げをありがとうございました。第4回市民のつどいへの賛同も数多くいただきました。

京都の集会では、キャラバン隊も発言。参加者に狭山事件の再審を力強く訴えました。

10月26日 ― JR高槻駅前 ―

この日はギターとアンプを持ってJR高槻駅前歩道橋上へ。
下手くそな歌でも二人そろえば歌ってしまう。
「差別裁判打ち砕こう」

高槻の仲間が「石川さんは部落差別にもとづく見込み捜査で逮捕され、身に覚えのない殺人事件の犯人にされてしまいました。狭山差別裁判は終わっていない」と思いをこめてアピール。

この人が署名を呼びかけると多くの人が足を止めます。まさに小さな巨人。1時間でなんと24筆の署名が寄せられました。

高槻の町にも、石川一雄さんの再審無罪を求める多くの仲間がいることに励まされました!

10月22日

近鉄奈良駅前から 交流(むすび)の家へ 

朝10時、近鉄奈良駅前に到着すると、すでに奈良の仲間たちが待っていてくれました。さっそく行動開始!

「兵庫で狭山をがんばっている友達がいて」と駆けつけてくれた奈良の仲間と釜ヶ崎の仲間。

この日、遠く愛媛から駆けつけてくれた仲間と奈良の仲間。

「近鉄奈良は観光客ばかりで街宣には向かん」との前評判もなんのその。1時間ちょっとで20筆の署名が寄せられました!

狭山事件の再審を考える今治住民の会

弓山正路代表のアピール

今治弁(?)で話される弓山さんのアピールは、優しくて、力強くて、とても素敵でした。ぜひ、下記をクリックしてきいてください。

近鉄奈良駅をあとにしたキャラバン隊は、学園前駅から車で10分、交流(むすび)の家へ。
いただいた資料によると「1963年5月、ロシア人でハンセン病快復者のトロチェフ氏(栗生楽泉園)が後遺症を持っているという理由で東京YWCAなどから宿泊を断られたという話を同志社大学の鶴見教授から聞いたFIWC関西委員会のキャンパーが同年9月ハンセン病在園者が気軽に宿泊できる施設を建てないかと委員会に提案したことを契機として『交流(むすび)の家』建設運動がはじまった」とある。

交流の家の「庭」で開かれたコンサート。
第一部は、かのうさちあさんの歌、KEYの皆さんのサムノイリ、佐渡裟智子さんによる朗読。迫力満点でした!

主催者のご厚意で、アカリトバリさんの紹介で、第一部と第二部の間の時間に、狭山再審を訴えさせていただきました。深く感謝!

狭山のアピールに続けて、カオリンズさんが、えん罪丸正事件を歌った「おいらトラックの運転手だったんだ」を絶唱。

第二部は中川五郎さん。
2時間におよぶ熱唱の最後に「僕が一番嫌いなのはえん罪。石川さんも地元で懇意にしていた警察官にはめられた。差別と冤罪のない社会をつくろう」とよびかけ、えん罪をテーマにしたボブ・ディランの「アイシャルビーリリースト」を歌ってくれました。

かのうさちあさんのソーラーキッチンカー。
神戸からここまで走ってきたというのが驚き!

KEYの皆さんによるサムノイリ。
迫力のある演奏が忘れられません。

ハンセン病患者らに対する差別への抵抗拠点として「交流の家」建設がはじまった年、石川さんは無実の罪で逮捕されました。
つながりをちからに!

10月19日― 大阪環状線行動 ―

朝10時、天王寺駅前歩道橋上で、釜ヶ崎の仲間を中心に、こうべ、宝塚の仲間が合流し、行動スタート!

11時ごろ、のぼりをかついで、新今宮駅へ。
途中、ウツボに遭遇してびっくり!

新今宮駅前では、ビラ受けもよく、署名も寄せられ、元気をもらいました。さすが、労働者の街!

新今宮駅から弁天町駅へは電車で。
車中でものぼりをもってアピール(^^;

弁天町駅では雨に降られ、昼食のあと、30分ほどでそそくさと大阪駅へ。相席したおっちゃんに「おーすごいな!」と声をかけられ、すかさずチラシを読んでもらいました。

大阪駅は、人通りも多く、懸命にマイクアピール。
この日、生涯で初めてマイクをもったという釜ヶ崎の仲間。「10.31日比谷全国集会に結集を!」とよびかけました。
「長い間忘れていた寺尾判決への怒りを思い出した!」と。

大阪駅でⅯちゃんが合流。
ビラまきをがんばる。

靴擦れ、息切れでへとへとになりながら、京橋駅へ。ここで枚方・奈良の仲間が合流。ラストだ!がんばろう!
17時、すべての行動を終了。つながりに感謝!

10月10日― 奈良県 宇陀市 榛原へ ―

映画「SAYAMAみえない手錠をはずすまで」榛原上映会に向けて、地元上映実行委員会の皆様とチラシ配布行動。

行く先々で満開のコスモスが迎えてくれました。

ススキと南天(?)。
榛原は自然豊かな山間の町。
ほどよく秋の風が吹いて、絶好のチラシ配布日和です。

昼食を地元のそば処「はぎ乃」でごちそうになりました。めちゃめちゃ美味しかった!
「狭山事件を知らない。だから知りたい」という地元上映実行委員会の皆様の心意気に感謝!

映画「sayamaみえない手錠をはずすまで」榛原上映会

2019年11月10日(日)13時開場/13時30分開演
大和富士ホール 〒633-0206 奈良県宇陀市榛原天満台西2丁目45−4

入場料 500円 ※障がい者・高校生以下無料

主催:上映実行委員会 堀田棟光  事務局 ℡090-6730-0425
後援:宇陀市教育委員会

【バスをご利用の場合】
12:31発 榛原駅発 天満台東3丁目行
12:38着 天満台西4丁目下車
→北へ100㍍会場着 

自分がこの分野でのエキスパートになれたのは、皆の助けがあったからこそです。それが志を同じにする仲間たちと、情熱とスキルをもって新しいムーブメントを生み出す仕事に携わる理由です。

9月23日 キャラバンスタート集会

― 釜ヶ崎ふるさとの家 ―

74名の参加で
釜ヶ崎ふるさとの家が超満員に

9月23日、釜ヶ崎ふるさとの家で、「狭山事件の再審を!関西キャラバンスタート集会」が開かれました。地元釜ヶ崎住民の会をはじめ、関西各地の狭山再審を求める住民の会らの奮闘により、ふるさとの家を超満員にする74名が参加。4時間半にわたる熱気に満ちた報告と討論が行われ、ついにキャラバンがスタートしました。

「石川さんの悔しさ、怒りに連帯しよう」
本田神父が開会挨拶

 開会挨拶で、釜ヶ崎住民の会共同代表でふるさとの家神父の本田哲郎神父は、「情報も知識も持っている裁判官が何故動かないのか」と問いかけました。「それは視座が間違っているから」。

水平社宣言は「人を労わるかののごとき運動がかえって多くのきょうだいを堕落させた」と言っています。それはどういう意味か。
支援者は「石川さんを助けましょう」ではなく、「石川さんの悔しさ、怒りに連帯しよう」。
「キャラバンは集会などに来にくい人たちに届くような取り組みをやっていこう」
※下に本田神父のお話の動画があります。ぜひ、ご覧ください。

 

「キャラバンで狭山の原点を訴えよう」
安田聡さんが狭山再審裁判の現状を報告

部落解放同盟狭山中央闘争本部の安田聡さんは「狭山第三次再審闘争の現状」を報告。下山第2鑑定に対する反論を出すと言いながら1年以上にわたって引き延ばしている検察を厳しく批判した上で、「キャラバンで何を訴えるべきか」を提案してくれました。特に強調されたのは、筆跡の違いと差別見込み捜査の問題でした。

【スコップ発見と差別見込み捜査】

警察は1963年5月11日に、スコップを発見。翌日には「スコップの所有者が判明」との記事が出ました。警察が「スコップの所有者」と発表したのは、部落出身で養豚場を経営していたIさん。ところが、埼玉県警鑑識課が「スコップはIさん経営の養豚場にあったもの」との鑑定を出したのは、ずっと後のことでした。鑑定してから発表するのではなく、はじめから「Iさんのもの」と決めつけた上で、結論に合うように鑑定を操作したのです。順序が逆なのだ。

埼玉県警の鑑定は「スコップには豚のエサに交じる油が付着していたからIさんのものだ」というが、当時の狭山市で豚を買っていた家は2百軒をくだらない。それを全部調べたのか。全く調べていない。スコップに付着していた土が同じだというが、狭山市の土を掘れば、全部同じ土が出る。スコップはIさんのものだとする埼玉県警の鑑定には何の根拠もありません。

重要なことは、スコップの発見が被差別部落の青年の筆跡や血液型を片端から調べる差別的見込み捜査の引き金にされたこと。部落に対する差別と偏見が、石川さんをえん罪に陥れた。これが狭山差別裁判の原点です。

会場討論と交流会

会場討論と交流会で、ある女性は「被差別部落への見込み捜査がはじまった途端に、それまで捜査協力を拒否していた婦人会が、率先して炊き出しを行うなどして捜査に協力していった。私は、狭山に関わる時に、自分の差別性を問わずには関われない」と話しました。

また、別の女性は「今回のキャラバンは動員で行われるものではなく、狭山再審のために何かをしたいという一人一人を主人公に、キャラバン隊が彼ら彼女らの行動を助けようというものだ。キャラバンの一環として行われるTシャツ・短歌コンテストを通して、狭山を世代を超えて広めていこう」とよびかけました。

集会は、予定の時間を1時間超過し、4時間半の報告と討論を行い、「差別裁判うち砕こう」の大合唱で締めくくられました。


キャラバンスタート集会 資料

本田神父「開会挨拶」1

本田神父「開会挨拶」2

本田神父「開会挨拶」3


キャラバン予定

コンテスト応募要項

第4回・狭山事件の再審を実現しよう市民のつどい ご案内

冊子 市民のつどい報告集